
|
金山社縁起によれば、承和年間(834年〜848年)に宮鍛冶尾崎彦四郎の祖・善光が自分の屋敷内に金山彦神を勧請したのが、金山神社の起源といわれています。熱田台地の一角を掘って冶金を興し刀剣、斧、鉄鐸などを鋳造していたことから「尾張鍛冶発祥の地」といわれています。 |
1562年、織田信長が観聴寺の鋳鉄仏の作者と思われる水野氏宛に記した判物に次のようなものがあります。「熱田において鉄屋にふいごを立つる事は停止す可し」云々。この文書でみると、ふいごの設備と「金山」が関わりがあったことを物語、同時に、熱田古来の宮鍛冶尾崎家に対し鉄座の特権を保証していたことが窺えます。 |
 |

|
室町時代後期から江戸時代初期のころにかけて「金山鍔」とよばれる鉄製刀装具が金山の地で作られていました。この鍔は鉄の鍛えのよさ、堅牢性、使いやすさなどから古美術愛好家や研究家から高く評価されています。 |